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幹部会in島原

「イエスは、彼ら(神が予定した人々)が受け入れなかったので、
やむなくガリラヤの海辺をさまよわれながら、
漁夫をもって弟子とされたのであり、そしてまた、主に罪人や取税人、
そして遊女らの卑(いや)しい人々と応接するようになったのであった。…」




 原理講論601頁を読むたび、キリストお父様の目から見た自らの位置が、
決して「イスラエル(選民)」などではなく、
「卑しい人々」の一人であったことを確認させられる。

 それでも「卑しい者を造り変え、尊き器(神の子)になし給(たも)う」のが、
主キリストであり、父なる神(創造主)である。

 いま、祝福家庭のほとんどが、主キリストを捨て、
偽キリスト・女メシヤ(バビロンの淫婦お母様)とともに地獄に行こうとしている。
それらを見るにつけ、ときどき「卑しい者」わたしが
どうしてサンクチュアリ教会に辿り着けたのだろうか、と考え込むことがある。
すると、それは決して人間側の善の功績、
ましてや罪の大小によるのではなく、神の計らいであった、との答えと、
もうひとつ、わたしとともに主を信じ、
苦労の道を耐えて来た妻がいたからだ、との答えが返って来る。

 わたしは何のために生きて来たのだろうか?―と妻に問いかけると、
妻は「サンクチュアリ教会にたどり着くためだった」と言う。


 
 6―7日、島原でサンクチュアリ安永教会の幹部会があり、
はじめて参加させていただいた。
2代王亨進様から油を注がれた氏族メシヤ井上教会長と、緒方さん、
坂口夫人、文慶子さんらとともに御言訓読と、生きた神をとらえるリマ、
牧会その他で2日間を共にし、罪人が神の子になる仕上げの役事と、
氏族的メシヤ活動展開のための具体的ノウハウを、
手とり足とり、指導していただいた。

 これらの出来事の意味について、はじめ理解できなかったが、
いま、わたしは島原のキリシタン史と結びつけて理解しようとしている。

 6日夜のリマの場で示された聖句「ゼカリヤ書1/1~4」が
それを暗示していたので、次に紹介する。


「…主は、あなたがたの先祖たちに対してひどくお怒りになった。
…あなたがたの先祖たちは(主の言葉が及んだにもかかわらず)耳を傾けなかった。
あなたがたは先祖たちのようであってはならない。
…わたしに帰れ、そうすればわたしもあなたがたに帰ろう、と仰せられる。」


 これに対するわたしの解釈は次の通りである。


「あなたがたの先祖」とはこの場合、「キリシタン先祖」のことである。
彼らは、復帰摂理史で功績を立てた一方、
幕府のキリシタン迫害に対して「転び」、組織権力に屈した。
「神がひどくお怒りになった」というのは、
そのこと―キリストを否定する組織に屈したことだ。



 「かくれ」は「転び」である。
一般的にはこれを是認する風潮があるが、キリストから離れる危険性があった。
実際、大多数の「かくれ」は明治になっても司祭を認めず、
キリストに帰ることはなかった。
ごく一部の「かくれ」―浦上・外海の隠れ―のみ復活し得たのは、
250年間、悔い改めの祈り「コンチリサンのオラショ」を継続し、
そこに示される指示に従って幕末来日した司祭に出会い、
罪を告白したからであった。



 いま、日本のサンクチュアリ教会には、
「かくれキリシタン史」の事例を出して「かくれ」でもいい、
といった雰囲気が蔓延している。
しかし、真実のキリシタン史を知るなら、それは危険であると、言わざるをえない。
サタン進入の条件があるからだ。
サタン(教会)と神の双方に所属する「かくれ」のような信仰形態は、
亨進様も認めておられない筈である。


 「お父様に帰れ」との神の警告は、
サタン教会(家庭詐欺連合)に対してだけではない、
「かくれサンクチュアリ」にも発せられている!
これもまた、誰かが言わなければならない。




 もう一つのメッセージは、
「転び」「かくれ」のキリシタン先祖たちは解放されていない、ということだ。
(ただし、サンクチュアリ教会所属の一部の食口先祖たちは、
今回の210代先祖解怨により原則、解放された。)


 それだから「あなたがた(後孫)は―彼らを解放するために―
先祖たちのようであってはならない。わたしに帰れ!」と神は言うのだ。


 ここにおいて、我が家があまりにも長い「罪の奴隷」期間を経て、
奇蹟的にサンクチュアリに戻ることができたその意味は、
我が家庭の背後にいるたくさんのキリシタン先祖たちの歴史をたどりつつ、
彼らがともに解放され、「神の子」に戻るためではなかったか、とわかった。
43年を要したのは、430年のことだったかもしれない。


これから「神の国をつくる」時代に移行する。
その方法は氏族メシヤ活動だが、主役は「女性」である。


今、ようやくにして「キリストの花嫁」に辿り着くことができた妻に、
バトンが手渡された。「思えば遠く来たもんだ。」


「怒り」に固まったボロボロの体を、我が事のように思い、
解放してくださった井上教会長。
妻の認識が鈍いわたしに、
口を揃えてあれこれ教えて下さった女性スタッフの皆さん、
ありがとうございました。


―島原家庭訓読教会、宮本記―


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