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「宗教ではなく関係性」

今日のセミナーは、サンクチュアリのブログから
亨進様のみ言「生きたみ言」を訓読した。

まず、キリスト教人よりキリスト教を愛していくことが大事なこと、
聖書のみ言を大事にするということは、
神様を大事にしていることであり、
お父様を大事にしていることであると言われた。

すなわち、聖書は人であると、単なる本ではなく人なのであると。
人が書いたみ言だから生きているし、訓読することで役事が起こる。
なぜかというと、人にはああなりたい、
こうなりたいという願いや夢や希望があるからだ。
そして、私にみ言をくださいと祈って、聖書を開くことで、
解かれるみ言が頂けたり、ヒントを頂いたりする。

このことは、単に宗教ではなく、み言との関係性を作ること、
神様との関係を作ることにほかならない。
「関係が、宗教、祈祷どんなものより深い。」とおっしゃっていた。
こんなとらえ方ができると、特に男性は受け止めやすいと思った。
見えない世界であるようで、
一つ一つの生活の出来事と密接に関係しているのだから。
身の回りの生活全般すべてに関係しているということである。
ただし、利害、損得、自己中心であってはいけないのだが。
だから、生きている神様との関係、
生命のパン、生命の水、生命のもち、、、となっていくのだと。

そうして、女性はキリストの花嫁、男性は神様の体に。
二人が祝福を受けて夫婦となれば、
神様と一体となっていくととらえていく必要があると。
それはとてもありがたいし、うれしいことだ。

キリストは
「私を見たものは神様を見たのだ。」
「私を信じる者は神を信じるのである。」
「私を讃える者は神を讃えるのである。」と言われた。

これを読むと本当に狂った人ではないかと思ってしまうくらいの内容である。
イエス様が、そこまで自信をもって言われるのは、
神様と一体となっておられるからだと信じられるか。
そんなことはないと疑って、無視するか、二つの選択であると。
要するに、信じるか信じないかなのだ。

最後に、み言をもって身をかためよと言われている。
いかなる艱難に会おうとも、神様との関係を堅守すれば、
かならず願いはかなえられる。

お父様は天聖経「宇宙の根本」の中で、
愛、生命、血統が重要であると語られ、
神様は人間の生殖器をとても大切に作られたと語られている。
だから、絶対性である。外してはならない。

今、210代の先祖を解怨され、お父様が直接主管されているから、
怖れることなく安心して進めばいい。
周りにたくさんのお父様の役事を見せて頂いているのだから。
寺中聖殿に今日も訪問者が到着された。
祝福の霊界も動いている。 
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