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今再び「取り替えられる」選民

第2イスラエル選民・キリスト教徒が再臨主を受け入れなかったため、
「お父様」は新たに統一神霊教会(家庭連合)をつくり、
異邦人を呼び集めながら苦難の十字架路程を行かれた。

40数年前、統一教会に導かれたとき、
「第3イスラエル」という言葉をよく聞き、
それなりの自覚を持ったものだが、
しかし、「お父様」は、
それが「取り替えられる」と警告されていたことを、今にして思う。



「キリスト教徒たちが(統一教会に)反対し、
すべて宗教人たちが反対しますが、
この御旨が真実だということを知るようになれば、
彼らは祝福を受けようと躍り上がって入って来るだろうというのです。
皆さんはそれ以上になり、
先頭で彼らを指導できるお兄さんにならなければならず、
父母の代身者にならなければならないのに、あなたたちは落第です。
取り替えられるのです。
…きょう、贈り物として取り替えられる時代が来た、
ということを教えてあげるのです。」

(1997年2月13日「ご聖誕日」敬礼式後の御言。
他にも1999年5月1日「真のご父母様の御言の価値」など、
「取り替えられる」御言がある)



今年1月10日、2代王亨進様は説教「安息日を守る」の中で、
「私たち(サンクチュアリアン)の立ち位置」について話され、
「イスラム教や共産主義、家庭を破壊する急進的フェミニズムでは(もちろん)なく」、
「キリスト教の兄弟姉妹と福音を守り、彼らと協同します。」
と明言された。

統一教会・家庭連合の食口たちは、
すでにサタン詐欺教会に堕ちたにもかかわらず、
今なお自分たちこそ「第3イスラエル」と自負し、
なかには「日本サンクチュアリ協会」、
「かくれサンクチュアリアン」でも
「第3イスラエル」を繰り返し言い、未練を持つ方もおられるようだが、
「お父様」はこれを「バビロンの淫婦・お母様」に取り付く
堕落食口として預言され、見限られた!

亨進様が昨年5月24日、
堕落した「お母様」の代わりに王妃「妍雅様」を立てられたのは、
「お父様」の預言に基づく次の摂理の布石であった。
以後、たびたび「キリスト教の兄弟姉妹と協同する」旨、言及された。
神の選民は「取り替えられ」、
キリスト教徒が―真の信仰があるなら―再び選民に戻る摂理時代が到来した!、と言うことができよう。



先日(15日)、三男(19歳)が
聖書「ローマ人への手紙第11章」を示してくれた。
そこには、選民が「取り替えられる」話が記されている。
「イスラエルがイエス・キリストにつまづき、殺したのは、
それにより救いが異邦人に及ぶためであった。
神のみこころはしかし、選民を含め全人類を救うことにある。
今、野生のオリブである異邦人が元のオリブ(イスラエル選民)に接がれ、
その根の豊かな養分にあずかっているが、
異邦人の枝(である自分)を誇ってはならない。
根(=元のオリブ)があなたがたを支えているのだ。
神の慈愛(=あわれみ)はいま、異邦人に向けられているように見える。
しかし、もし、神の慈愛にとどまっていない
(=神のあわれみを認識していない)なら、
〃あなたも切り取られるであろう。〃」
(骨子抜粋)。

異邦人から召された統一教会食口も、
再臨主「お父様」の慈愛にとどまっていないなら、
すなわち「お父様」を捨てるなら
「切り取られる」と警告しているのだ。

続いて、
「ひとたび捨てられたキリスト教徒の枝が、
元のオリブ(復帰摂理歴史)に接がれるとすれば、
異邦人の枝より、もっとたやすく接がれないだろうか?」

(11章24節)とある。

その意味は、キリスト教徒の方が
再臨主「お父様」に、もっと良く接がれる、と言うことだ。



パウロは、こんにちの日本人(異邦人)食口のような御利益信仰でない、
神中心の選民思想と伝統を相続した知識人であり、
神の立場から救いの摂理を捉え説く信仰者、伝道者であった。
私たちも、学びたい。
亨進様・お父様の「立ち位置」で摂理をとらえ、
担当できるようになりたい。



昨日(1月17日)、礼拝に島原から出かけ、
「お父様」が直接臨まれる御霊(みたま)の役事の恩恵のみならず、
テーブルに並びきれないほど
豊かな各種手作り料理の恵みにあずかった(昨日のブログ参照)。
青年あり、子どもたちあり、婦人、壮年、お年寄り、
そして異色の「かくれ」のメンバーたちも、
数人が集まり、歓喜の熱気に包まれた。

食後、井上教会長ご夫妻、緒方さん、坂口さんらと語りあい、
「亨進様の立ち位置」についての話に及んだ。
熊本安永教会・寺中聖殿が特異的であるのは、
第2イスラエル・キリシタン先祖を背景に有し、彼らを大切に思い、
「その根の豊かな養分にあずかっている」ことを
忘れない人々であることだと、つくづく思った。

―島原訓読家庭教会、宮本記―



※追記…
「ローマ人への手紙第11章」の聖句は、
原文をそのまま掲載すべきところ、
長文になるため、骨子を抜き書きした。
誤解のないよう、原文を読まれることをお勧めします。
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