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雪の中の日曜礼拝

30年ぶりといわれる大寒波が九州地方を覆い、
我が庭は真っ白の雪景色。積雪5cm。



今日の礼拝は、家庭教会ごとの実施となった。
このような形式は、初めてではないだろうか。記憶にない。
進め方を、井上牧師から連絡を受け、
近くの食口5名が集まって、礼拝を行った。家庭礼拝である。



まず、井上牧師から強調されたのは、
「賛美してください。」ということであった。

神様やお父様、キリストや亨進様を賛美できる礼拝にしようと思った。
最近、安永教教会では讃美歌をよく歌われている。
聞けば、歌うことで、神様やキリストやお父様を賛美することになるが、
自分のサタンを外すことにもつながると言われる。


初めに、讃美歌「したいまつる主の」を7名で賛美して、礼拝に臨んだ。
内容は以下のとおりである。

・「真の武士」リーダーセミナーの中の「夜の神様からこられたお父様」
・自動書記によるイエス様のメッセージ
・亨進様「十字軍の真実」

三つの内容を一気にみんなで訓読した。
興味深かったのは、「十字軍の真実」。
どうなっているのだろうかと思いめぐらし進めていくと、
目が留まる内容に出会った。

すべての芸術をお父様の権威の下に取り戻すのです。
芸術は自己表現だと思わされている人は神様の御前で裁きを受けるでしょう。


私たちが求める芸術は自己表現、自己崇拝の世界ではありません。
神の栄光を求めるものです。

これは、私がこれまで教師として、
子どもたちに伝えてきたことと正反対であった。
これまでテーマは目の前のものを子ども自身が自分の目でとらえ、
とらえたものを絵や形で表現する姿を大切にしてきた。

しかし、
「自己表現は力弱き芸術で、自己陶酔に過ぎない。
真の芸術は偉大な神様、私たちのために血を流し
犠牲になってくださったお方に導くべきものです。
神様の喜びのためにするのです。
そこに、美と永遠の力があります。」
とされ、
なるほどそうなんだと今になって気づかされた。

子どもたちに上のことを求めるのは難しいが、
指導者が創作の本当の意味を分かっておくことはとても大切だろう。
神様に尋ねながら、作っていく。
あるいは、絵を描いていく。
神様と一体となって創作・表現していくならば、
素晴らしい作品が出来上がるに違いない。

最後に、「雨をふりそそぎ」をみんなで賛美して礼拝を終わった。
本当に少ない人数での家庭礼拝だった。
しかし、きっとお父様はほほえましく眺めておられたことだろう。
今日の雪は、天の喜びの証と受け止めることは早計だろうか。
庭のヒヨドリやセキレイは元気に飛び回っている。

坂口利伸 
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