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天国に入るための鍵、ここにあり

「家庭教会は単なる伝道のための手段ではありません。
堕落人間がこの道を歩まなければならない運命なのです。
…家庭教会以外に、
いかにして天国を実現する方法があるというのでしょう。
夢や空想ではありません。
私たちは生きている間に、
私たちの手によって天国を建設することができるのです。」
(1979年1月1日みことば「家庭教会と天国実現」)


再臨主お父様は1976年、
米国ワシントン大会の勝利により「蕩減愛」の世界的条件を立てられ、
地上天国建設のための具体的な道筋を切り開かれた。
その後、打ち出された家庭教会(ホームチャーチ)・氏族メシヤ摂理がそれだ。
当時、お父様は
「1976年の勝利によって、霊界における善悪の力関係が逆転した」
それゆえ
「家庭教会のために動員することのできる霊的な力は、
サタン側よりも何百倍、何千倍も大きいのです」
、と説明された。


続いて1978年11月2日に行なわれた「霊界解放の特別の儀式」を経て、
1979年1月1日、「家庭教会と天国実現」の御言を宣言され、
「イエス様は天国へ入る鍵をペテロに与えられました。
きょう私は家庭教会を、
あなた方が天国へ入るための鍵として与えます。」
と告げられた。
摂理史上、画期的な日であった。


「360軒ホームチャーチ」摂理を経て、氏族メシヤ摂理に全面的に移行したのは
1992年の環故郷摂理からであったと思われるが、
これが天の願う通りに行かず、
定着しえずして故郷を去るものが多々あった。


やむなく教会組織が再編され、
それまで数十年にわたって積み上げられた天の伝統がこうして、
ひとたび腰折れになった(ような)経緯がある。

清平霊界役事は、その狭間で出てきた摂理外の摂理であった、
と今になって思われる。
組織権力が御言の軌道を逸脱させ、葛藤を強いられた食口・指導者も多くいた。
そんな中で登場された世界会長・亨進様と、
その言動(御言)に、私はどれほど希望を抱いたことだろうか。
しかし、教会組織は、それ以上に強力だった。


―昨日、井上教会長にあらためて聴いてみた。
「組織を取るか、それとも、お父様の御言・氏族メシヤ摂理を取るか」―、
悩み・祈り、苦汁の中で統一教会の組織を離れ、
お父様の御言に基づく
「氏族メシヤ活動」に着手する道を選択した、とのこと。
2009年のことだった。

サンクチュアリ熊本安永家庭教会・寺中聖殿には、このような前史がある。
日本における氏族メシヤ活動の先駆的存在であるにちがいない。
サタン教会から半ば分立した格好のサンクチュアリ教会が林立するなか、
当安永寺中聖殿はそれより6年も早く完全分立した教会、
「神がサンクチュアリ摂理時代のために備えた教会だ」と、私は秘かに認識している。
氏族メシヤ活動においては「はるかに先」を行っている。

苦汁の過去を経て来たのであろうが、
それでいて、本音で話せる天国のような愉快がある(―愉快だらけかな?!)。
なにより御言訓読と聖霊役事を通して
キリストお父様と2代王亨進様ご夫妻をしっかりつかんだ天国建設の基礎がある。
当ブログに登場する活動の証しを読むだけでも十分に状況が伝わってくるが、
実際に顔と顔とを合わせ、交流(授受作用)していくと、
確かに「天国へ入る鍵」がここにあることが分かる。


昨日(1月31日)もまた、
井上教会長と娘さん(思鶴さん)が寺中聖殿での礼拝後、
島原礼拝のため強行スケジュールを押して有明海を渡り、駆けつけて下さった。

午後2時開式。
そのまま御言訓読会の様に進行し、霊的恩恵を交歓、
井上教会長が「宮本家庭のために」と準備してこられた聖歌「したいまつる主の」を讃美した。

和動のひととき、心に山積した疑問・憤懣を提示すると、
リマのように答えが返って来た。おもしろい。
心は晴れ晴れ、青空になった。
この日午前、ヒバリが近くの畑から、今年はじめて揚がった。



―島原訓読家庭教会・宮本記―
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