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神さまの計らいに感謝

領国島原半島の全住民をキリシタンになし、
キリスト王国時代を築いたドン・ジョアン有馬晴信は
1612年6月5日、「51歳」の生涯を閉じた。


その400年目にあたる2012年、霊界から押されるようにして、
彼の謎でもあった晩年の某事件を紐解いた。
苦難の日本キリシタン史400年を蕩減するに、
一つの条件を捧げることができたと感謝した。
不思議なことにその年(2012年9月3日)、
再臨主「お父様」が聖和された。
彼らの殉教と苦難の道は、
聖和した「お父様」の実体復活のためにあったのだろうか、とさえ思えた。


ドン・ジョアン有馬晴信没後403年目の2015年6月5日、
「お母様」の失敗により進入したサタンを、
カイン(国進様)アベル(亨進様)の勝利によって分立し、
再び「メシヤを迎えるための基台」が造成された、
―その勝利を祝うため、ささやかな祝賀会を我が家で催した。
周囲にはまだ、誰一人もサンクチュアリアンとして
旗を揚げる動きがなかった中での、新しいスタートだった。

■同日(6月5日)から第一次40日御言学習路程を出発し、
7月14日まで続いた。

■3男の誕生日7月19日から第二次43日御言学習路程を組み、
8月30日の「お父様」聖和3周年記念・サンクチュアリ教会210双祝福式を迎えた。

この時点で九州にサンクチュアリを名乗る動きがなかったため、
仕方なく決意して「サンクチュアリ教会島原教会」を立ち上げるべく、
第三次40日1600回敬拝路程を組み、来るべき日の為に備えた。
(このあと、熊本安永家庭教会との劇的出会いがあったことは、
何度も述べたので省略する)。


この1年、霊界のキリシタン先祖たちが協助し、
大いに活躍してくれたことを感じる。
3次にわたる40日路程はもとより、安永教会に行くにしても、
家庭礼拝や訓読をするにしても、いつも「3人」が一緒だった。
父と母と娘(与愛)である。


ところで、2月6日(土)夜の訓読会に、
もう一人が加わっているではないか!?
緒方杏亮くんだ。

その日、熊本港からフェリーに乗り、ひとりで訪ねて来てくれた。
(その目的は、今のところ内緒にしておこう?)。
日帰りの予定であったので、
夕刻、娘が港まで車で送って行った―までは良かったが、
何がどうなったのか、フェリーに乗船できず、帰って来た。
―そういうわけで、我が家に一泊、
夜の家族訓読会を共にすることになったのだ。

妻が最後にお祈りした。
「神さまはきっと、
このようなひとときを持って欲しかったのだと思います。…」
アージュ。


今朝(2月8日)第49回真の神の日祝日敬礼式に、
我が家の長男が参加してくれた。
これもまた、もう一つの吉報だった。


―島原訓読家庭教会・宮本記―


*追記*
井上教会長はじめ安永教会皆様方の、
各家庭一人ひとりに投入して下さる思いが、
実を結んでいくのを感じます。
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