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キリストを求めて

初めまして。
島原の宮本(信仰2世、25歳)と言います。
すっかり春になり、
季節の移り変わりを感じる今日この頃です。
今日はサンクチュアリに呼ばれた経緯や
考えなどを簡単にお話しできればと思います。


私が初めて亨進様の動画を目にしたのは
ちょうど一年前くらいのことでした。
その時は今何が起きているのか、
亨進様は何を言われているのか、
にわかには信じがたいものがありました。
その時から何が真実なのだろうか、
求める日々が始まりました。

当時、教会(現家庭連合)で
ホーム生活をしていた私は
教会で情報を求めましたが
詳しいことはわからないまま
亨進様を信じる家族と
お母さまを擁護する教会の人たちとの間で
揺れ動きながら悩みました。
それから祈り求めながらも、
もともと頭でっかちな私は
原理とみ言の中に答えを求めようとしていきました。
しかしそれは決定打にはなりませんでした。
そんな中、神の摂理とは何か、
神のみ旨とは何かについて考えるようになりました。

信仰生活において
「神の視点で物事を見なさい」
とはよく言われることです。
そのことは簡単ではありません。
私も原理やみ言は
修練会等を通して学ばせていただきました。
しかし私たちが原理を知ったことだけで
神様の視点に立ったり、
神様と近い存在になれるのでしょうか?
そのことは確かにとてつもなく大きな恩賜ではありますが
そのこと自体が救いではないと
感じるようになりました。

またよく良心に従いなさいと言われますが
私たち堕落人間の良心も
堕落以前の本心とは
かけ離れているところが大きいとも
感じるようになりました。

親を批判するのはよくない、
分裂するのはよくない、
一つになるべきだ、
と人間的、一面的に見れば
そう感じてしまっていたのです。
人間的な視点と神の視点は異なる
ということに気付いていなかったのです。
聖書に見ても神様の血統を守るために
義父との関係をもったタマルや
出発の摂理のために
エジプト人を打ち殺したモーセを
神様は悪としたでしょうか?
いいえ。
まさにその時、神様の願い、
摂理がそうなっていたので
その人たちの行動は善だったのです!

自分自身聖書についても
どこか昔のことで作り話のように
とらえてしまっていたところがありました。
しかし神様は生きて
今現在も摂理を進めておられる神様なのです!
現在の摂理においても
聖書に書かれているようなことが
起きないでしょうか?
起こりうるのです。
そのことに気づいてなかったのです。


私は最近、神様が私たちを
このサタン主権の罪悪世界から
救おうと送ってくださったキリスト、メシアを
私たち自身が自分の5%で
尋ね求めていかなければいけないと強く感じます。
それはまさに現在亨進様が強調して言われる
「キリストとの関係性」ではないでしょうか。

私自身、今まで人に言われてとか
こうしないといけないからするというような
受け身の姿勢で信仰生活を
していたところがありました。
しかし神様は今この時も
私たち一人一人に
手を差しのべてくださっています。
それをつかんでたぐり寄せるか、
無視するかはその人次第だと思います。
実際、自分も生活では
神様のことを忘れて過ごす時間が多くあり、
自分の不足さを感じるときもあります。
しかし神様を、キリストを求めて
前進していく姿勢をもって歩みをなせば
必ず道は開かれることを信じ
歩んでいきたいと思います!


まとまりのない文章になりましたが
このような出会いと機会を与えていただいた
神様と安永教会の皆さんに
感謝したいと思います(^^)
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