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ガリラヤ湖のイエス様。

マルコによる福音書4章35節

さてその日、夕方になると、イエスは弟子たちに、
「向こう岸へ渡ろう」と言われた。そこで、彼らは群衆を
あとに残し、イエスが船に乗っておられるまま、乗り出した。
他の船も一緒に行った。すると、激しい突風が起り、波が舟の
中に打ち込んできて、舟に満ちそうになった。ところがイエス
自身は、トモの方でまくらをして、眠っておられた。そこで、
弟子たちはイエスをおこして、「先生、わたしどもがおぼれ
死んでも、おかまいにならないのですか」と言った。
イエスは起きあがって風をしかり、海に向かって、「静まれ、黙れ」
と言われると、風はやんで、大なぎになった。イエスは彼らに
言われた、「なぜ、そんなにこわがるのか。どうして信仰がない
のか」。彼らは恐れおののいて、互いに言った。「いったい、
この方は誰だろう。風も海も従わせるとは」。

今日の礼拝の中心テーマの聖句です。

弟子たちが、はじめて自分たちが従っているイエス様が、
普通の人間の中にいる指導者たちと違う、まさに神様そのもの
だったんだと強烈に教えられる場面です。
その証拠に、嵐は静まったのに、彼らの恐れは、嵐の時以上に
なりました。神様がここにいらっしゃるとは。
彼らの心には、詩篇89篇が轟いていました。

あなたは海の荒れるのを治め、
その波の起こるとき、これを静められます。

彼らが一生懸命暗記した聖句が、目の前で行われました。
神様が目の前にいらっしゃる。どうして平気でいられましょう。
イエス様を見ておそれおののいていたのです。

さて、同じような場面がお父様にも、ありました。
皆様ご存知のヤンキー大会が、そうでした。また、36万双の
祝福式の時もそうでした。

二代王様が沈黙を破られて、そのメッセージの中で一番わたしに
とって、強烈だったのが、「お父様は生きた神様でした。」

このことが、しっかりわかっていなかった己を恥じました。
信仰しているつもりでいましたが、肝心なことが何ひとつ
わかっていなかった、お父様のことが、よくわからないまま
過ごしてしまった。だから、何にも考えず、偽基元節の偽聖酒
を飲んでしまいました。

そんな愚かしいわたしを、間違ったわたしを、再び呼んでください
ました。お父様、ありがとうございます。
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