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12人をおたてになった。

マルコによる福音書3章13節

さてイエスは山に登リ、みこころにかなった者たちを
呼び寄せられたので、彼らはみもとにきた。そこで、
12人をお立てになった。彼らを自分のそばに置くため
であり、さらに宣教につかわし、また悪霊を追い出す
権威を持たせるためであった。

12弟子を選ばれた場面です。

お父様のみ言を見ます。

イエス様の30年の生涯路程は、ほとんど聖書に記録されて
いません。聖書の4福音書とか使徒行伝を見ると、イエス様
の死後、使徒たちが記録した3年の公生涯路程だけが記され
ています。
ですからイエス様が、3年路程でペテロやヤコブなど使徒たち
を連れて回る所で、いつも親戚に会うこともでき、すべての事実
がみな分かる地域であるにもかかわらず、どうして家庭の一族は
ひとりもイエス様のあとに従わなかったかというのです。いとこ
やまたいとこ、母方のいとこたちがいたはずなのに、誰もイエス様
がどのような人なのか分からなかったのです。その原因はどこに
あったのでしょうか。
もしある家に長男がいるとすれば、その長男が継子だとしても、
彼が家を出て3年間ある志を抱いて新しい仕事をするからといって、
多くの人々が関心を持って彼について回るのに、それを見る親戚の
人たちが、そこに1人も加われないのかというのです。
反対に悪いことでもするならともかく、多くの人たちから驚くべき
推戴を受け、またその背後に現れた奇跡とか、歴史になかった驚く
べきことをして回るイエス様であるにもかかわらず、親戚がそれほど
までに厚かましく知らないふりができるでしょうか。イエス様にも
友達がいたはずです。手助けをしてくれる兄弟や友達が1人でもいて
家庭を中心として妹やおばなど、真心からイエス様のことを心配しな
がら泣きわめいたりする人が1人でもいたでしょうか。そのような
ことがすべて謎なのです。 ( 1971, 1, 16 )
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