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わたしは父から出てこの世にきた。

ヨハネによる福音書16章27節

父ご自身があなたがたを愛しておいでになるから
である。それは、あなたがたがわたしを愛したため、
また、わたしが神のみもとからきたことを信じたた
めである。わたしは父から出てこの世にきたが、また
この世を去って、父のみもとに行くのである。

ヨハネによる福音書17章25節
正しい父よ、この世はあなたを知っていません。しかし、
わたしはあなたを知り、また彼らも、あなたがわたしを
おつかわしになったことを知っています。そしてわたしは
彼らに御名を知らせました。またこれからも知らせましょう。
それは、あなたがわたしを愛して下さったその愛が彼らの
うちにあり、またわたしも彼らのうちにおるためであります。

お父様のみ言から

神様は4千年の間、悲しみながらもその悲しみを表せなかったの
ですが、イエス様は、実体的に涙を流して生きられました。
聖書には、3、4箇所しか出てきませんが、実際イエス様が
涙を流された隠された事実は限りなく多いのです。
神様が数千年の間、摂理歴史を通して愛してこられたユダヤの民
を見つめると、いかなる瞬間も涙を流さなかったことがなかった
のです。イエス様は、神様に祈るたびに涙を流されました。困難
で孤独な出来事にぶつかるたびにイエス様は、父だけが分かって
くださる中で悲しまれたのです。けれどもイエス様は、このよう
な悲しみを弟子たちに話せませんでした。そのようなイエス様の
事情を知らなければなりません。イエス様が、オリーブ山に登って
夜を明かして祈られたのは、一度や二度ではありません。ゲッセマネ
の園においてだけ祈られたのではありません。
困難な道を歩まれながらも、悲しみの事情を申し上げられるのは
天しかなかったのです。だからといって、その悲しみを天に任せ
ようとされたのではありません。むしろ、その悲しみを自分が引き
受け、背負わせてくださるように祈ったのです。「父よ❗️わたしを
ご覧になって悲しまれるその悲しみを私が引き受けますので、父よ❗️
私を御覧になって慰めを受けてください。父の悲しみを私が耐えます
ので、悲しまないでください」と訴えたのです。
そして「4,000年の御苦労に私が責任を負いますので、父よ、心配
なさらないでください。私がいますので、父の希望が残っていますの
で心配なさらないでください」という祈祷ばかりをしたのです。
( 1956, 12, 22 )

イエス様にしても、お父様にしても神様の内情をあまりにも御存知
です。まさに神の御子たる所以です。
今日もキリストの愛と恩寵に感謝します。ありがとうございます。😊
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