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自由を得させるために

ガラテヤ人への手紙5章1節

自由を得させるために、キリストはわたしたちを解放して下さったのである。だから、堅く立って、二度と奴隷のくびきにつながれてはならない。

13節
兄弟たちよ。あなたがたが召されたのは、実に、自由を得るためである。ただ、その自由を、肉の働く機会としないで、愛をもって互に仕えなさい。
律法の全体は、「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」というこの一句に尽きるからである。
気をつけるがよい。もし互にかみ合い、食い合っているなら、あなたがたは互に滅ぼされてしまうだろう。

キリストによってのみ、自由が与えられます。
自由の価値はなんと尊いものでしょう。

お父様です。

「私」が生まれた目的は、父母の遺言を受けることです。
それを受けなければならない責任をもっているのです。
( 1966, 1, 9 )

一家の伝統は、子女が受け継ぐのです。父親の成したこと
以上のことを成せば、その父親は、喜んでその子女に相談
します。そして、「未来を頼む。自分の成し得なかったこと
を、どうか成し遂げてほしい」と頼むのです。そこに、希望
があります。死ぬ前に、遺言する父親も、遺言を受ける次女も
あすに向かって希望の出発ができるのです。( 1995, 1, 17 )
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