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主は彼らを喜ばず

エレミヤ書14章10節

この民について主はこう言われる、「彼らはこのように好んで、さまよい、その足をとどめることをしなかったので、主は彼らを喜ばず、いまそのとがを覚え、その罪を罰するのだ」。
主はわたしに言われた、「この民のために恵みを祈ってはならない。
彼らが断食しても、わたしは彼らの呼ぶのを聞かない。燔祭と素祭をささげても、わたしはそれを受けない。かえって、つるぎと、ききん、および疫病をもって、彼らを滅ぼしてしまう」。
わたしは言った、「ああ、主なる神よ、預言者たちはこの民に向かい、『あなたがたは、つるぎを見ることはない。ききんもこない。わたしはこの所に確かな平安をあなたがたに与える』と言っています」。
主はわたしに言われた、「預言者らはわたしの名によって偽りの預言をしている。わたしは彼らをつかわさなかった。また彼らに命じたこともなく、話したこともない。彼らは偽りの黙示と、役に立たない占い、および自分の心でつくりあげた欺きをあなたがたに預言しているのだ。
それゆえ、わたしがつかわさないのに、わたしの名によって預言して、『つるぎとききんは、この地にこない』と言っているあの預言者について、主はこう仰せられる、この預言者らは、つるぎとききんに滅ぼされる。
また彼らの預言を聞く民は、ききんとつるぎとによって、エルサレムのちまたに投げ捨てられる。だれもこれを葬る者は
ない。彼らとその妻、およびそのむすこ娘も同様である。わたしが彼らの悪をその上に注ぐからである。
この言葉を彼らに語れ、『わたしの目は夜も昼も絶えず涙を流す。わが民の娘であるおとめが大きな傷と重い打撃によって滅ぼされるからである。
わたしが出て畑に行くと、つるぎで殺された者がある。町にはいると、ききんで病んでいる者がある。預言者も祭司も共にその地にさまよって、知るところがない』」。


選民が責任を果たせない時、苛烈な運命が待ち構えています。イスラエルは滅亡し、ユダはバビロンへ移されます。自らが招いたこととはいえ、悲惨な道をたどります。わたしたちの行く道も、責任が問われるのは、避けられません。心してかかります。


愛の祖国創建をすることが、神様の願いであり、人類の願いでありわたしたち先祖の願いであり、私の願いです。それだけでなく、私たちの後代の願いとして残ることは間違いありません。それを知っているので、自分の一つの体をそっくりそのまま犠牲にし、これから来る後代が義の歴史を迎えることができるように、責任を果たそうと、身もだえしていく人たちが統一教会員です。 ( 1986, 1, 24 )
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