記事一覧

わたしを見たものは、父を見たのである。

二代王様のみ言です。

裏切りの歴史と真のお父様の裏切り
裏切りの歴史を一度見ましょう。イエスの傷、イエスは本当に恨の多い人生を生きられた方でしょう。愛した母、マリアと兄弟たちがイエスを迫害しました。それで、イエス様は、家庭を離れて荒野に出るようになりました。荒野で選民イスラエルとユダヤ教がイエスを嘲笑して迫害し、その後は、処刑へと連れて行きました。喜怒哀楽を共にした十二弟子がイエスを裏切って、皆、否定して去りました。イエス様は、一人で十字架の道を行かなければならなかったイエス様です。もしヨセフ家庭とユダヤ民族が、イエスと一つになったならば、裏切らずに一つになれたならば、イエスは御旨をなして、メシアの御旨をなして、萬王の王となられたことでしょう。もし、弟子たちがイエスを否定せずに、イエスを離れることなく、十字架を一緒に背負って、一緒に行ったならば、キリスト教は殉教の宗教にならなかったのです。十二弟子の全員が十字架で復活したのです。

ユダヤ人は当時、自分の十字架、自分たちがイエスを連れて行った十字架が間違いであったことを、すぐに悟ることができたでしょう。しかしながら、このような裏切りによって選民イスラエルは、審判受ける民族になったのです。神様の選民が、神様の審判を受ける民族になったのです。イエス様が傷を抱えて、ゲッセマネの園で三回にわたって血の涙の祈りをされた、そのようなイエス様です。祈りをされたイエス様です。
真のお父様に対する裏切りを見ましょう。真のお父様も傷だらけの、恨の人生を生きられた方でしょう。真のお父様がそれほどに、信じて愛した、誇らしかった3男・文顯進様がお父様を裏切りました。50年、側近に置いて喜怒哀楽を一緒に経験したと信じて、愛していた一番弟子が、背を向けて裏切って行きました。14人の子供を生んだ、愛していた妻が夫を裏切っていきました。一生をみ言で育ててきた家庭連合が、真のお父様を離れて独生女に仕える宗教へと変わりました。裏切りました。UCIでは、このすべてのことが3男文顯進様を認めていなかったので、このようになったのである。このように(なったのは)当然の結果だと言われますか?正確に言えば、すべての分裂と破壊はUCIから始まったものであることを忘れないでください。

しかしながら真のお父様は、裏切られましたが、全員が裏切ったのはありません。真のお父様は、代身者、相続者、後継者を立てられて、聖和されました。真のお父様を裏切った人々がいますが、真のお父様は、失敗されなかったのです。再臨の時には、全く同じ歴史が繰り返されなかったのです。裏切らなかった、勝利した代身者、相続者、後継者がいます。勝利したカインとアベルを通して、天一国が出発することになりました。真の父母様のみ言と伝統と御旨で、天一国は完成されるのです。そして、その2代王に侍る、真のお父様の権限に戻った平和統一聖殿があります。
真のお父様が霊界に行かれた後、代身者を通して、霊界と地上が連結されているのです。私たちは、2代王、文亨進様を通じて真のお父様の実体役事を目撃しているのです。あまりにも感激的で、驚くべき役事を私たちは体で体験しています。あなた達も来て、直接来て、目で確認することができます。来て確認してください。しかし、それはあなたの自由です。


イエス様のみ言です。

ヨハネによる福音書14章6節

イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。
もしあなたがたがわたしを知っていたならば、わたしの父をも知ったであろう。しかし、今は父を知っており、またすでに父を見たのである」。
ピリポはイエスに言った、「主よ、わたしたちに父を示して下さい。そうして下されば、わたしたちは満足します」。
イエスは彼に言われた、「ピリポよ、こんなに長くあなたがたと一緒にいるのに、わたしがわかっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのである。どうして、わたしたちに父を示してほしいと、言うのか。
わたしが父におり、父がわたしにおられることをあなたは信じないのか。わたしがあなたがたに話している言葉は、自分から話しているのではない。父がわたしのうちにおられて、みわざをなさっているのである。
わたしが父におり、父がわたしにおられることを信じなさい。もしそれが信じられないならば、わざそのものによって信じなさい。
よくよくあなたがたに言っておく。わたしを信じる者は、またわたしのしているわざをするであろう。そればかりか、もっと大きいわざをするであろう。わたしが父のみもとに行くからである。
わたしの名によって願うことは、なんでもかなえてあげよう。父が子によって栄光をお受けになるためである。
何事でもわたしの名によって願うならば、わたしはそれをかなえてあげよう。
もしあなたがたがわたしを愛するならば、わたしのいましめを守るべきである。
わたしは父にお願いしよう。そうすれば、父は別に助け主を送って、いつまでもあなたがたと共におらせて下さるであろう。
それは真理の御霊(みたま)である。この世はそれを見ようともせず、知ろうともしないので、それを受けることができない。あなたがたはそれを知っている。なぜなら、それはあなたがたと共におり、またあなたがたのうちにいるからである。

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント