記事一覧

あなたがたよりも先にわたしを憎んだことを、知っておくがよい。

ヨハネによる福音書15章16節

あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。そして、あなたがたを立てた。それは、あなたがたが行って実をむすび、その実がいつまでも残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものはなんでも、父が与えて下さるためである。
これらのことを命じるのは、あなたがたが互に愛し合うためである。
もしこの世があなたがたを憎むならば、あなたがたよりも先にわたしを憎んだことを、知っておくがよい。
もしあなたがたがこの世から出たものであったなら、この世は、あなたがたを自分のものとして愛したであろう。しかし、あなたがたはこの世のものではない。かえって、わたしがあなたがたをこの世から選び出したのである。だから、この世はあなたがたを憎むのである。
わたしがあなたがたに、『僕はその主人にまさるものではない』と言ったことを、おぼえていなさい。もし人々がわたしを迫害したなら、あなたがたをも迫害するであろう。また、もし彼らがわたしの言葉を守っていたなら、あなたがたの言葉をも守るであろう。
彼らはわたしの名のゆえに、あなたがたに対してすべてそれらのことをするであろう。それは、わたしをつかわされたかたを彼らが知らないからである。
もしわたしがきて彼らに語らなかったならば、彼らは罪を犯さないですんだであろう。しかし今となっては、彼らには、その罪について言いのがれる道がない。
わたしを憎む者は、わたしの父をも憎む。
もし、ほかのだれもがしなかったようなわざを、わたしが彼らの間でしなかったならば、彼らは罪を犯さないですんだであろう。しかし事実、彼らはわたしとわたしの父とを見て、憎んだのである。
それは、『彼らは理由なしにわたしを憎んだ』と書いてある彼らの律法の言葉が成就するためである。
わたしが父のみもとからあなたがたにつかわそうとしている助け主、すなわち、父のみもとから来る真理の御霊(みたま)が下る時、それはわたしについてあかしをするであろう。
あなたがたも、初めからわたしと一緒にいたのであるから、あかしをするのである。


十字架に向かわれる直前、地上での最後の説教です。


皆さんが故郷に帰ったならば、故郷の山河をもう一度眺めて「ああ、これは神様が私に下さった贈り物だ」と考えなければなりません。私よりも年を取った木のおじいさん、私よりも年を取った川の石、そして平野を眺めては「元気だったか」と言うべきです。それが愛です。自然を愛する事ができてこそ、人を愛する事ができるのです。再びそうしなければなりません。復帰なのです。復帰。アダムが万物を愛せなかったので、万物を愛さなければなりません。郷土に帰って自然を愛さなければなりません。近所の草からあらゆる山川草木に至るまで、全てを愛さなければならないのです。全てを愛してから人を愛するのです。山川草木、動物まで全て愛する事のできる立場に立ったならば、その基盤の上で人を愛するのです。万物を復帰してから人を愛するようになっているのです。(天聖経 P 2019)
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント