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この人による以外に救いはない。

使徒行伝4章5節

明くる日、役人、長老、律法学者たちが、エルサレムに召集された。
大祭司アンナスをはじめ、カヤパ、ヨハネ、アレキサンデル、そのほか大祭司の一族もみな集まった。
そして、そのまん中に使徒たちを立たせて尋問した、「あなたがたは、いったい、なんの権威、また、だれの名によって、このことをしたのか」。
その時、ペテロが聖霊に満たされて言った、「民の役人たち、ならびに長老たちよ、
わたしたちが、きょう、取調べを受けているのは、病人に対してした良いわざについてであり、この人がどうしていやされたかについてであるなら、
あなたがたご一同も、またイスラエルの人々全体も、知っていてもらいたい。この人が元気になってみんなの前に立っているのは、ひとえに、あなたがたが十字架につけて殺したのを、神が死人の中からよみがえらせたナザレ人(びと)イエス・キリストの御名(みな)によるのである。
このイエスこそは『あなたがた家造りらに捨てられたが、隅(すみ)のかしら石となった石』なのである。
この人による以外に救はない。わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられていないからである」。
人々はペテロとヨハネとの大胆な話しぶりを見、また同様に、ふたりが無学な、ただの人たちであることを知って、不思議に思った。そして彼らがイエスと共にいた者であることを認め、
かつ、彼らにいやされた者がそのそばに立っているのを見ては、まったく返す言葉がなかった。


聖霊による圧倒的な役事です。


神様の救いの摂理は復帰摂理ですが、復帰摂理の出発はアダムとエバからでした。アダムとエバは堕落したのです。先生が現れるまでアダム復帰はできないのです。これを復帰するために、全知全能であられ、この宇宙を創造された神様が、一人の男性を探すために数千万年間、今まで被造世界に顔を現すことができなかった神様の事情と恨を皆さんは知らなければなりません。( 天聖経 P 127 )

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