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キリストに仕える者

コリント人への第1の手紙4章

このようなわけだから、人はわたしたちを、キリストに仕える者、神の奥義を管理している者と見るがよい。
この場合、管理者に要求されているのは、忠実であることである。
わたしはあなたがたにさばかれたり、人間の裁判にかけられたりしても、なんら意に介しない。いや、わたしは自分をさばくこともしない。
わたしは自ら省みて、なんらやましいことはないが、それで義とされているわけではない。わたしをさばくかたは、主である。
だから、主がこられるまでは、何事についても、先走りをしてさばいてはいけない。主は暗い中に隠れていることを明るみに出し、心の中で企てられていることを、あらわにされるであろう。その時には、神からそれぞれほまれを受けるであろう。


☆ 今朝は、早朝訓読会が参加者6名でしたので、コタツ訓読会をしました。お互いの距離感がグッと縮まって、これはこれで、味のあるものでした。聖書が中心でしたが、リアルな注釈を加えたり、質問があったリ、賑やかな雰囲気でした。


天聖経 P 828

愛によって神様の代わりに生まれ、愛によって生きて愛の目的地に到達するために息子、娘を生んで、永遠に神様と共に生きるために神様のところに帰っていくのです。それゆえに皆さんが完全に愛で一つになれば、のちには神様に似るのです。夫婦二人が一つになり、このような3段階の愛を完全に成して霊界に行く人々は、永遠の主体である神様の前に、相対的な神様になるのです。そうではないですか。愛を中心として夫婦が共に死ねば、そのようになるのです。ですから、神様から始まり、神様に帰るのです。(207-36,1990.10.21)
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やすなが0053

Author:やすなが0053
サンクチュアリ教会、熊本・安永家庭教会のブログです。
主に証や活動報告をしていきます。

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