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ヨハネの子シモンよ、

ヨハネによる福音書21章15節

彼らが食事をすませると、イエスはシモン・ペテロに言われた、「ヨハネの子シモンよ、あなたはこの人たちが愛する以上に、わたしを愛するか」。ペテロは言った、「主よ、そうです。わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです」。イエスは彼に「わたしの小羊を養いなさい」と言われた。
またもう一度彼に言われた、「ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか」。彼はイエスに言った、「主よ、そうです。わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです」。イエスは彼に言われた、「わたしの羊を飼いなさい」。
イエスは三度目に言われた、「ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか」。ペテロは「わたしを愛するか」とイエスが三度も言われたので、心をいためてイエスに言った、「主よ、あなたはすべてをご存じです。わたしがあなたを愛していることは、おわかりになっています」。イエスは彼に言われた、「わたしの羊を養いなさい。
よくよくあなたに言っておく。あなたが若かった時には、自分で帯をしめて、思いのままに歩きまわっていた。しかし年をとってからは、自分の手をのばすことになろう。そして、ほかの人があなたに帯を結びつけ、行きたくない所へ連れて行くであろう」。
これは、ペテロがどんな死に方で、神の栄光をあらわすかを示すために、お話しになったのである。こう話してから、「わたしに従ってきなさい」と言われた。


☆ 10日、エルダー本部長のリマ。
復活されたイエス様は、ペテロに確認されます。「わたしを愛するか?」
従って信じてきたはずのペテロでしたが、十字架の最後の最後に「あの人を知りません」と否定してしまいました。その続きのシーンです。

本部長は、それから再臨主お父様の最期について、言及されました。たくさんの管を通され、呼吸も御自身では難しい中、お父様をどう見るかのテストでした。メシアとして侍るのか、人として見てしまうのか。再臨主を誕生なさったのも神様です。御成婚も神様がなさいました。霊界に送られるのも神様がお決めになります。それなのに、韓氏オモニは、生命維持装置を外そうとするし、弟子達もメシアがわからなくなってしまった。お父様がお年を召されてから、従わなくなってしまいました。2人の方だけが、お父様をメシアとして、神様の代身としてまもっていかれました。



天聖経 P 435

家庭は天国の中心モデル
 人は、空間の世界に立つようになれば、必ず上下が必要であり、左右が必要であり、前後が必要です。そうであってこそ、私の存在位置が確定するのです。
 皆さんが上下を正しく備えているか、 左右、前後を正しく備えているかによって、様々な姿になるのです。
 皆さんの上下、左右、前後関係、そして、家庭の問題や国の問題、世界の問題を扱うにおいて公式は一つです。
 個人を中心として上下、左右、前後があるように、家庭でも父母と子女がいなければならず、夫と妻がいなければならず、兄弟姉妹がいなければならないのです。
 これと同じように、国にも国の主人を中心としてすべての家庭が東西の文明、南北の文明をすべて抱き、その次に世界万民を兄弟姉妹のように抱き、結局一つの家庭モデルを実現するのです。
 モデルは同じです。そして、私自身がそのモデルの中心です。自分がいて、次には自分の家庭がなければならず、国と世界と天と地、そして、神様まで行かなければならないのと同じ道理です。皆さんは、宇宙の中心になりたいという思いがあるだけでなく、みなそのようになることができます。
 このように、宇宙においてその核のようなものが家庭の概念です。母と見れば、地は子女です。東西を見れば、東方は男性を象徴し、西方は女性を象徴するので、女性は結婚することによってどこでも夫の位置に従っていくのです。西方が太陽の光を浴びて光り輝く時、東方と同じ価値をもつのと同じです。
 兄弟関係も同じです。長子であるお兄さんを中心として行動するとき、弟たちが協力するようになるのです。ですから人間は、親子の関係がなければならず、夫婦関係、そして、兄弟関係がなければなりません。
 すなわち、この三つの関係が一点で結ばれなければなりません。その中心点は一つです。上下、左右、前後の中心が違ってはいけないというのです。 この中心点が違えば、上下、左右、前後関係の均衡がみな崩れるというのです。
 それで結局、上、下、左、右、前、後、そして、一つの中心点まですべてで7数を成すようになるのです。このように7数を成すというのは、正に神様を中心として完全な黄の愛で一つになり、このすべてが完全に球形になって調和と統一を成す家庭になるというのです。私たちがよくラッキーセブンというのも、このような観点から一理あるというのです。
 真の愛が永遠に変わらない限り、この中心核も変わらず永遠に回るようになり、真の家庭の理想が成されるようになります。また、すべてのものが核から連結されるので、この中心核から一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、すべてが同等です。おじいさんが願えば孫が反対せず、息子、娘もそれを願うようになり、3代がみな共に願うようになるのです。おじいさん、おばあさん、夫婦、息子、娘、みな中心に合わせるようになります。
 この愛を中心として見るとき、親子の関係も一つなので一体といい、夫婦関係も一体といい、兄弟関係も一体といいます。一つの体です。何を中心としてこのような関係を一体というのかといえば、愛の中心である神様の真の愛を中心としていうのです。真の愛を中心として父母と子女が一つになり、夫婦も一体となり、兄弟姉妹も同じです。このようになることによって、すべての価値が同等になります。(299-114,1999.2.7)


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Author:やすなが0053
サンクチュアリ教会、熊本・安永家庭教会のブログです。
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