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二代王、スイスでのスピーチ

神様の王国に対して語られた部分です。

ここで、神様の王国について叙述しているいくつかの聖句に注目していただきたいと思います。

詩篇2:8からです。
“わたしに求めよ、わたしはもろもろの国を嗣業としておまえに与え、地のはてまでもおまえの所有として与える。おまえは鉄のつえをもって彼らを打ち破り、陶工の作る器物のように彼らを打ち砕くであろう」と。”

これらの聖句はクリスチャンが尊大に受け取り復唱するのではなく、主権は神様が与えた約束であり神様が与えた権利であることを、クリスチャンが理解するよう意図されたものです。

黙示録2:27
“彼は鉄のつえをもって、ちょうど土の器を砕くように、彼らを治めるであろう。それは、わたし自身が父から権威を受けて治めるのと同様である。”

これもまた、クリスチャンが信じているように、キリストが地上に帰って来られ、鉄の杖で治めることに言及するものです。陶工の器が粉々に砕かれるというのですから、イメージは非常に力強くとても暴力的です。キリストに反対する国に対する、力強く非常に暴力的なイメージであり、それらが壊滅させられるということです。クリスチャンは、このような非常に暴力的でほとんど独裁的に思える鉄の杖の聖句を、キリストの愛の性質によって、どのようにとらえているのでしょうか。


黙示録12:5
“女は男の子を産んだが、彼は鉄のつえをもってすべての国民を治めるべき者である。この子は、神のみもとに、その御座のところに、引き上げられた。”
ここでも神様の統治は、ユダヤ・キリスト教の枠組みにおいて鉄の杖によるものとなるということです。

黙示録19:15
“その口からは、諸国民を打つために、鋭いつるぎが出ていた。彼は、鉄のつえをもって諸国民を治め、また、全能者なる神の激しい怒りの酒ぶねを踏む。”

さらにまた、クリスチャンや信者、また信仰を持たずとも単にこの聖句を読む人は、このような統治を恐ろしいものであるとすべきか、それともそうではないとすべきか困るでしょう。
聖書では、キリストが再臨する時、鉄の杖による統治がまるで独裁的なものと思えるようなとてもおそろしい統治となると言っているように思えます。


★ スイスでの会議の後、ラスベガスの銃の展示会に行かれ、とても刺激的な人々との交流をもたれたようです。25日のキングスレポートに報告がありました。日本語訳では、三代王権のブログに詳しく出ています。


天聖経 P 121

 旧約時代に物質を犠牲にしたのは、 真の息子が来れる道を築くためです。
イエス様は息子として来て犠牲になりましたが、それは父母様が来れる道を築くためです。
 父母様が平面上に来て受難の道を行くのは、神様を迎えるためです。どこにですか。本然の垂直の位置にです。 天地の天道の起源がここで切れたので、この根本の根を是正しない限り、 平和の起源はないのです。これは絶対的です。(200-55,1990.2.23)

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