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家庭教会長 和動、牧会

我が教会には4人の家庭教会長が立っています。

そのうちの一人の教会長の証をいたします。
その方は、熊本城を徘徊されているあの吉岡氏です。


最近、古川氏が訓読会に於いてもセミナーにおいてもあまり元気がない。
仕事の件で何か思いつめた表情だったり、冴えない表情だったりで井上教会長も心配されていた。
今回、古川さんが兄のように慕っている吉岡さんに井上教会長が話された。

「家庭に呼んで、話しを聞いてもらえないか。」と。


早速、吉岡さんは妻に連絡し、その日の夜8時に古川家族を呼んでの夕食会となった。
妻の登志江さんは仕事帰りに材料を買い込み、6時に帰ると同時に夕飯の準備に取り掛かられた。
古川のご主人は肉が好きだけど奥さんや娘さんは魚派だからと、
その方々の好みに合わせて料理を始められた。
少しでも元気にしてあげたいその思いで…


夜8時前に家族で来られた。落ち込んだ姿のご主人。
でも、テーブルに料理が並ぶと、心がまず満たされた感があり皆笑みがこぼれた。
お腹を空かせた娘さんは、あれもこれもとお母さんにおかずを取り分けてもらいながらパクパク食べ始められた。
吉岡さんは「どうぞ、どうぞ」と、 古川さんを気にされながら料理を勧めておられた。
登志江さんは調理師とあって、見て良く、食べて良くといった感じで、
次第にその場は和やかな雰囲気となった。


お腹が満たされた頃、コーヒーが入り吉岡さんが話しを切り出された。
古川さんの今通過されてる道は吉岡さんも通過した道。
次第に古川さんの表情も変わっていき、いい授受作用となっていった。
古川さんの奥さんも涙しながら、
「私が同じ事を言っても中々受け入れてもらえず…ただ祈るしかなかった。」と。
登志江さんもご主人が古川さんに話されることに頷きながら寄り添っておられる姿を見ながら、
家庭教会長としての牧会する様子が伺えたし、それを支える奥様の姿が見えた。
正にお父様がこの家庭に来られて牧会されてる様であった。


家庭連合時代を振り返ってみれば、姉妹の家に行ってはいけない
横的になり悪の授受作用となると言われていたのを思い出した。
古川の奥さんが公務をされていた時、
体調が悪くなり休みが続いても誰も心配してお見舞いに行く人がいなかった。
何故それが分かったかと言うと、心配して彼女の家を尋ねた時、彼女から聞いた話だからである。


昨夜、サンクチュアリ教会に来られているサイバーの方と話す機会を頂いたのだが、
そのお姉さんも、子ども2人抱えて朝から晩まで仕事をし、
体調を崩して入院しても、誰も心配する人がいなかったと、寂し気に話された。


み言葉には、「為に生きる」という言葉があちらこちらに溢れている。
しかし、み言葉を語るだけで、振り回すだけで、
「愛の実践」  「み言葉の実践」をする【力】を失っておられる気がする。
わたしたちサンクチュアリ教会は「み言葉の実践」「愛の実践」をし、
天一国を創建していきたいと思います。



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