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夜の神様から来た

ヨハネによる福音書1章9節

すべての人を照すまことの光があって、世にきた。
彼は世にいた。そして、世は彼によってできたのであるが、世は彼を知らずにいた。
彼は自分のところにきたのに、自分の民は彼を受けいれなかった。
しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。
それらの人は、血すじによらず、肉の欲によらず、また、人の欲にもよらず、ただ神によって生れたのである。
そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、めぐみとまこととに満ちていた。


☆ 22日から祝祭が始まりました。この1週間、全地球星がゆさぶられています。「主は生きていらっしゃいます。再臨主 文鮮明先生は、相続者とともに摂理をリードしていらっしゃいます。」
サタンの側は、恐れおののき喚きたてています。大手マスコミを使って、ワンパターンの大合唱。「銃は悪い。異端だ。」 市民たちはとうの昔に気づいています。大手メデイアの嘘を!
目覚めた市民たちは、耳を傾け始めました。レバレント.ムーンの息子は、何を伝えているのか。聖句の鉄の杖は、銃のことだって!確かにイエス様のみ言は、鉄の杖で治めるとある。そうだ。建国の父たちは、市民のために銃が大切だと熟知していた。だから銃の所持の権利を憲法に盛り込んだ。でも、それどころか神様が銃の所持の権利を全市民に与えられただと。それが、神様の御国の始まりだと。神様の王国には、死んでからいくもんだと思っていたが、この世にたてると二代王は伝えてきてるじゃないか。聖書読んでみると、イエス様だって、御国の福音についてしきりに宣べ伝えたという。これはどういうことだ。イエス様のしようとしていたことと同じことなのか。彼らは、レバレント.ムーンが再臨主だと
いう。

★ 審判は、善と悪を分けられます。終わりの時、神様が山羊と羊に分けられます。28日を頂点に、お父様が天宙をゆさぶり続けていらっしゃいます。



天聖経 P 88
 神様がなぜ人を造られたのでしようか。
 それは、愛を完成するためです。その愛は、神様から始まるのではあり せん。相対から求め得られるものです。 相対がなければ見いだされることはありません。神様が最高に貴いものを成就させるためには、相対が必要なのです。
 神様も相対がなければならないのです。それで相対を造られたのです。様御自身も、相対から絶対的な愛をつくりあげるように、相対を求めていくのです。
 それゆえ神様も、愛のためにいらっしやるのです。愛のために存在されるのです。愛の驚くべきところは、ここなのです。
 人は神様のためにあり、神様も人のためにあるのです。それゆえ真の愛というものは、「ため」に生きるところから始まるのです。
 本来人間は、どこから生まれたのでしょうか。神様の愛から始まったのです。愛ゆえに生まれたのです。愛が起源なのです。(143-309,1986.32.1)

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やすなが0053

Author:やすなが0053
サンクチュアリ教会、熊本・安永家庭教会のブログです。
主に証や活動報告をしていきます。

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