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これをもってしるしとしよう

サムエル記上14章6節
14:6ヨナタンはその武器を執る若者に言った、「さあ、われわれは、この割礼なき者どもの先陣へ渡って行こう。主がわれわれのために何か行われるであろう。多くの人をもって救うのも、少ない人をもって救うのも、主にとっては、なんの妨げもないからである」。 14:7武器を執る者は彼に言った、「あなたの望みどおりにしなさい。わたしは一緒にいます。わたしはあなたと同じ心です」。 14:8ヨナタンはまた言った、「われわれは、あの人々の所に渡っていって、彼らに身を現そう。 14:9そして、もし彼らがわれわれに、『こちらから行くまで待て』と言うならば、われわれはその場にとどまり、彼らの所に上っていかないであろう。 14:10しかし、もし彼らが『われわれのところへ上ってこい』と言うならば、われわれは上って行こう。主が彼らをわれわれの手に渡されるからである。これをもってしるしとしよう」。



★ サウル王の長子ヨナタンが、敵陣ペリシテ人の陣地に、従者とたった2人で立ち向かう場面です。なんという勇者でしょう。このたった2人が、あっという間に20人を殺します。すると地震も起こり、恐怖に襲われたペリシテ軍は総崩れしてしまいます。
この後ヨナタンは、ダビデの大親友となり、父サウル王が執拗に狙ったダビデの命を、度々助けます。



天聖経 P 109
 人間が堕落することで無原理圏内に落ちました。どの程度落ちたのでしょうか。
 神様の僕である天使にも劣る世界に落ちました。主人となるべき王子、、僕にも劣る位置に落ちたのですから、再び上がらなければならないのです。
それゆえ僕の僕の道理から始めて、 僕の道理、養子、庶子、こうして直系子女まで、次に母を通じてアダム(父)の位置に戻らなければならないのです。復帰です。
救いの摂理とは、病気になる前の健康だった基準に再び戻すのと同じで、病んでいなかった位置に戻らなければならないのです。
それゆえ、救いの摂理は復帰摂理です。復帰摂理は、いい加減にするものではありません。「とにかく信じれば救われる」、そのようにはなっていません。(222-144,1991.11.13)


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Author:やすなが0053
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