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天国を実現するサンクチュアリ安永教会―ここにあり!

 ここ島原半島の小さな家庭教会で11月2日、
「真のお父様の権威に戻る祝福式」が催された。
参加者は、祝福を受けた私の家族と母(父は2年前聖和)、
妻の母(島根県出雲市在住)、大村市在住の食口のほか、
お世話係りで熊本安永教会から4人、お祝いに駆けつけた島原地域の2人など計15人。
ささやかな式典ではあったが、
亨進様・サンクチュアリ教会の天運と喜びにあふれ、聖霊役事の恩恵を受けとめた。
そして、キリシタン先祖たちが400年を超えて地上に再臨し、子孫らと交歓しあい、
祝福行事を通じて再臨主「お父様」を迎えて復活する天の役事を実感した。
主礼を務めてくださったのは、
このほど米国サンクチュアリ本部教会であった天一国憲法宣布式の日(10月11日)、
二代王亨進様の油注ぎの祝祷により、キリスト「お父様」の聖務に参与することのできる資格―
祝福を授けることのできる権能を与えられた熊本安永教会の井上秀幸・キイ子ご夫妻である。


安永教会の食口たちと「はじめて」ふれ合ったのは9月20日。
まだ40日余りしか経っていないのに、ずいぶん昔からの仲間たち、家族のように感じるのは、
先祖たちがともに「キリシタン」として運命を共にしたことがあったからだろうか。
行事のたび、また食口たちと会話するたびにキリシタン先祖のことが話題になる。
このたび、井上教会長が祝福行事行使の資格を賦与され、
「真のお父様の権威に戻る祝福式」を地元島原・熊本で挙行できるようになった経緯を思うにつけ、
私は、迫害・逆境のなかでキリストに従ったキリシタン先祖たちのことが思い起こされた。
天草・島原の住民3万7千人が生命を天に捧げた島原の乱事件のことである。

あの時、「転び」の不信仰により霊魂の救済を失った「転びキリシタン」が、
再びキリストに付き「もとに戻る」ためには、
天の作法として償(つぐな)いと赦(ゆる)しのためのカトリックの秘蹟を踏まねばならなかった。
しかし、赦しの秘蹟を行使できる「司祭」は、すでにいなかった。
そこに「司祭」役として登場したのが天草四郎であった。
『山田右衛門作口上書』に、「宗門の司(つかさ)」という表現で出てくるのがそれだ。
彼は、「立ち上がり」キリシタンたちをキリストとデウス(神)につなぐ役目を担っていた。


いま、統一教会(現家庭連合)は再臨主「お父様」から離れて
「バビロンの淫婦」となった「お母様」を信仰し、主の「みことば」を削除・改ざんして
血統転換の祝福儀式を無効にしたため、食口たちは真の救いを失ってしまった。
まだ気付かない人も多くいるが、気付いた人たちが再度「キリスト」に付くためには、
天が定めた作法すなわち「真のお父様の権威に戻るための祝福」に預からなければならない。
そのためには、天草四郎のような「司祭」役がいなければならない。


これまで先駆的に「氏族メシヤ」活動に取り組み、
聖霊の役事「スーパーナチュラルパワー」を伴う多くの実績を積み上げてきた井上教会長(天草出身)が、
このたび二代王亨進様から祝福の権能を授かる「油注ぎの祝祷」を受けたこと。
そして、いま実際に「迷える」食口たちとその先祖たちを再臨主「お父様」につなげ、
成約の完成復活摂理を代理して行使しておられる事実は、
先祖たちが長年待ち望んできたことであり、歴史の願いと夢を実現することではないだろうか。
それを思うにつけ、私の心は感激で一杯になる。
式当日、島原で一番チーズケーキが美味しい「必勝堂」特製のケーキを用意し、
安永教会が祝福儀式行使の資格を授けられたことを祝賀したのは、
そんな意味を込めてのことだった。
 

ところで、わたしは安永教会を知って以来、
この教会が神の摂理史に果たす役割の重大さに気付かされた。
荒野時代を経てカナン定着し、
氏族メシヤ活動によって天一国を実現していくはずであった環故郷の摂理がうまく行かず、
次第に神の運勢・霊的感動を喪失していった統一教会(現家庭連合)であったが、
安永教会には聖霊の役事が活き活きとしてあり、
それらが「御言訓読」を基盤にして成されていることである。

 なかでも聖霊の役事を可能ならしめているのは、
再臨主「お父様」を迎えるために摂理された新約キリシタンたちの歴史―
肥後天草と肥前島原のキリシタン史に由来するものであり、
同教会に集う食口たちがこれを共感していることが大きな特徴として上げられる。

 サタン教会(現家庭連合)でキリシタン史の話をしても、客観的に聴く傾向があるが、
ここ安永教会では、誰もがこれを実感として語りあうことができるし、
「御言」を介した授受作用によって同時にキリシタン先祖たちが解怨され、
キリストにつながれて復活していく現場をいくつでも目撃することができるのだ。
人は誰もが堕落性を脱いで、神様から賦与された神性のままに生きたいと願う。
そのために種々の蕩減条件を立て、ときには先祖解怨とか言って清平まで出かけ、
某女性執事に役事をしてもらうこともあるが、なかなか変わり映えがしない。
私たち夫婦家族がサンクチュアリ教会に所属し、そして安永教会を訪問して以来、
何が起こっているかと言えば、それは40数年の信仰生活で考えられなかったような変化である。
そのいくつかは既にこのブログで紹介されているので、お読みいただければ有り難い。

天国は、このように夫婦の中から、家庭のなかから創られていくものだと、しみじみ感じている。
以前読んだ御言で、最近になって「ああそうだ!」と実感する件(くだり)がある。


「今から人類は、かつて経験することができなかった霊的な経験
すなわち超越の世界と多く交流をもつようになるでしょう。
頻繁に起きる霊的役事によって、人類は直接・間接に大きな影響を受けるようになるでしょう。
とくに神様と善霊の役事による感化を経験した人間は、
決定的な人格変化を起こすようになるでしょう。     
―「平和世界実現のために」2003/2/6―

 「御言」は「神」であり、「キリスト」であり、創造・再創造のパワーを持っている。
その「スーパーナチュラルパワー」を実感させてくれる教会―
それが「天国実現のための原理」「氏族メシヤ」活動を、
御言の通りに実践している熊本・安永教会である。
2015年11月4日、宮本記
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コメント

No title

はじめまして。
いつも素晴らしい証をありがとうございます。
写真も豊富で、アットホームな雰囲気の中にも、決してピッチを緩めずに
真摯に取り組んでおられる皆さんを知ることができ、希望をいただいています。とりわけ、地元を愛しキリシタンの方々を慰霊されながらの歩みは、今私がいる地で、どのように歩むべきかということを、あらためて考えさせられました。
昔読んだお父様のみ言で、「大東亜戦争で太平洋に散っていった、多くの若者たちの魂」を気にかけておられるものがありました。
お父様の御心は無限大なのだなあと、感じます。

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